第30回 月面天文台をめざして(岩田 隆浩)

 皆さんは「天文学者」や「天文台」と聞くと、どのような姿を想像されるでしょうか? 夜な夜な望遠鏡をのぞいて、新しい星を発見する姿? 宇宙ファンの皆さんならば、パラボラアンテナを使った電波望遠鏡や、赤外線天文学や高エネルギー天文学のための宇宙望遠鏡が人工衛星に乗って地球を回っていることも、ごぞんじでしょうか。私は、小惑星探査機「はやぶさ2」の運用や火星衛星探査機MMXの開発に携わりながら、将来の月面天文台の建設をめざしている天文学者の一人です。

 天文学の発展は、新しい観測装置の発明との二人三脚で進んできました。世界で最初の天体望遠鏡は、17世紀の始めに、ガリレオが木星の周りを回る4つの衛星(現在では、まとめてガリレオ衛星と呼ばれています)を発見した時に使っていた、口径約4cmの望遠鏡です。その後、望遠鏡は大きく進歩して、目に見える光(可視光線)だけでなく電波・赤外線・紫外線・エックス線・ガンマ線などの電磁波やニュートリノ、重力波などの、さまざまな観測装置が発明されてきました。また干渉計という技術を使って、地球サイズに相当する大型の観測装置も実現されました。その結果、宇宙の始まりのビッグバン、星の最期のブラックホール、太陽系外の恒星を回る地球に似た惑星など、宇宙のエキサイティングなようすが次々とわかってきたのです。

 そんな天文学の発展の歴史の中で、まだ手つかずの分野が低周波電波天文学です。具体的には、ラジオや通信で使われている短波や中波を受信する天文学です。宇宙のかなたから来る低周波電波を観測すると、ビッグバンの直後には一様であった空間から、大規模構造という片寄りが生まれて、銀河系や銀河団が誕生していくようすがわかるのではないかと考えられています。では、どうして手つかずなのかというと、宇宙からの低周波電波は、地球の周りの電離層で反射されるため、地上には届かないからです。しかも地球自身が大きな雑音源になっているため、人工衛星に乗せた宇宙望遠鏡でも観測が難しいのです。雷が近くで鳴っているときに、ラジオから大きな雑音が聞こえてくるのが、その一例です。では、どこまで行けばいいのでしょうか?

 答えは、月の裏側です。月の裏側ならば、宇宙からの低周波電波は届きますが、地球からの雑音電波は届きません。月の裏側には、もう一つのメリットがあります。低周波電波望遠鏡で天体を詳しく(高空間分解能で)観測するには、数百kmを超えるような大型の干渉計装置が必要です。月面ならば、このような大型装置を建設する用地の確保も地球上よりも容易でしょう。とはいえ大型装置の建設には、多くの人材としっかりしたインフラが必要です。けれど、もし月の裏側の「賢者の海の縦孔」に大型の有人基地があれば、実現性がずっと大きくなるのではないでしょうか。縦孔の中に大勢の人が生活していても、縦孔から離れた観測装置には電波の雑音が届きにくいこともメリットです。そして、もし縦孔のわきから地下空洞が伸びているとすれば、実は月の地下空洞は低周波電波や高エネルギーニュートリノ(どちらも地中でも観測することができます)の観測に、適した条件がそろっているかも知れません。このように、月の縦孔は天文学の発展のためにも、大きな可能性を秘めています。ぜひ皆さんと一緒に、未来の月面天文台の建設を実現したいですね。

(岩田 隆浩)