第31回 月の穴にもウサギ?(岩崎 晃)

東京大学の岩崎晃と申します。地球観測や惑星探査で得られたデータ処理や光学機器開発を行っているリモートセンシング(遠隔探査)の工学者です。同時に宇宙利用ミッションの教育研究もしております。どういう縁か、かぐやプロジェクト発祥の地の駒場第二キャンパスにいます。

 

春山さんから興奮の電話をいただいたのは、2009年のこと。かぐやの地形カメラで何か見つかったようでした。届いた画像を見ると、底が見えないという点で他のクレーターとは違う形状であるものの、1画素10mの画像なのでよっぽど心眼をもって絵を見ないと、縦穴とは気づきません。どんなにいいデータが得られても、それを予期していなければ発見に至りませんでした。いずれにしても、これを縦穴と信じてもらうのはなかなか難しいと思いました。 

 

同じ場所の画像が数点あったのが効を奏したのか、幸いにして縦穴の論文が発表されたわけですが、画像の解像度の点からなんとなくすっきりしない気持ちも残りました。画像処理を使ってもう少しきれいな絵にならないかと議論している時に、NASALROが打ち上げられました。かぐやの主張する位置の高解像度カメラ画像が発表され、縦穴の底に落ちている石まで見えたので、大いに安堵したのは言うまでもありません。1年も悩まずに、すっきりしたわけです。絶好のタイミングでした。同時にNASAの高解像度カメラの威力には息を呑みました。ともあれ、日本人が日本のセンサで発見できたのは嬉しい限りです。 

 

その後、衛星設計コンテストで縦穴をテーマにした発表をいくつか拝見し、工学としての縦穴への使命を再発見しました。縦穴は月の表側に位置するため地球から常時可視である点、隕石や温度変化にも強いという点で月面基地として有力です。一方、1ヶ月の半分は太陽光を使えませんので、エネルギーをどのように得るかが課題となります。また、穴の底へ移動中に月の地層を観察できますので、月の歴史を紐解く上でも有用な情報が得られそうですが、その移動方法も課題となります。さらには、縦穴付近への着陸時に、これから探査すべき場所が推進剤によって汚染されないように注意が必要です。 

 

2000年からかぐやのチームにまぎれこみ、月の研究に首を突っ込むことになりました。光学センサデータ処理で理学系の方と共同研究すると、宇宙は分野の異なる研究者がよい協業をできる格好の場であると気づきました。同時に、時間の単位がGyr10億年)だったり、クレーター名や岩石に関する知識に圧倒されたり、異分野を知ることで非常に興味深い経験をしました。最近では、縦穴の数も増えており、すべて覚えられそうもありませんが、遠隔探査から近接探査となるため、工学の果たす役割はより大きくなっています。今度は月面のウサギではなく、月の縦穴にウサギを探しに行くことになりますが、非常に楽しみです。みなさんはどんなウサギを見つけますか?

 

(岩崎 晃)